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函館地方裁判所 昭和37年(ヨ)20号 判決

申請人 岸田義輔

被申請人 相互自動車株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

申請人訴訟代理人は「被申請人が昭和三七年二月一三日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する、被申請人は申請人に対し同月一四日以降本案判決確定に至るまで一ケ月一二、四九〇円の割合による金員を毎月二七日に支払え。」との判決を求め、

被申請人訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

第二、申請人の主張

一、被申請人はハイヤー業及びこれに付帯する事業を営むことを目的とする資本金三、〇〇〇万円の株式会社であり、申請人は昭和二九年一月二五日被申請人に運転手として入社し、同会社の従業員で組織する相互自動車労働組合(以下組合と略称するが、後記相互自動車新労働組合と区別する場合は第一組合という。)の組合員で、同三六年一一月一三日以降同組合の執行委員兼組織部長であるが、被申請人は同三七年二月一三日申請人に対し「就業規則により懲戒解雇する」と記載した書面を交付して懲戒解雇の意思表示をした(以下本件解雇という。)。

二、しかしながら、本件解雇には次のような違法があるので無効である。

(一)  本件解雇は解雇権の濫用であつて無効である。すなわち被申請人と組合との間に締結された労働協約(以下労働協約という。)第二二条第一号には「従業員にして就業規則第五七条乃至第五八条に該当する行為があつたときは懲戒を行う。」旨、就業規則第五八条前文には「従業員が左の各号の一に該当すると懲戒委員会の審査に基き会社が認めたときは懲戒解雇に処する。情状酌量の余地があるときは待遇格下若しくは出勤停止に止めることがある。」旨各規定され、又労働協約第二一条には従業員に対する懲戒処分は譴責、減給、出勤停止、待遇格下、懲戒解雇の五種類とし懲戒解雇は予告期間を設けず即時解雇する旨規定されている。そして、右懲戒処分の中懲戒解雇は最も重い処分であるから従業員において就業規則第五八条各号にふれる行為があつたとしても、それが被申請人と従業員との間の雇傭契約上の信頼関係を裏切り、到底その信頼関係を維持し得ないと認められる場合にのみ許され、この程度に達しない些細な事実を捉えて懲戒解雇することは解雇権の濫用として無効であると解すべきである。

しかるに被申請人の本件解雇の事由とする「申請人が同三六年一二月二日二二〇円の自動車料金を横領した」との事実について、申請人は同月三日被申請人に顛末書を提出して自己の非行を陳謝し、爾来本件処分のあるまで誠実に業務を遂行してきたこと、かつて申請人には右のような非行は一度もなかつたこと、被申請人は過去において、申請人と同程度の誤りを犯した従業員について、他に特段の企業秩序維持を阻害すべき事由のない限り、概ね出勤停止処分にし、懲戒解雇にした前例がない等の事情を考慮すると、申請人の前記料金領得の不正行為をもつて解雇も止むなしとする程重大な非行であるということはできない。

よつて本件解雇には、労働協約第二二条第一号、就業規則第五八条の適用を誤り解雇権を濫用した違法がある。

(二)  本件解雇には労働協約第二二条第二号第三号に違反する違法がある。同条第二号には「懲戒を行う事態の生じたるときにはその都度懲戒委員会を設けて審査する。」旨、同条第三号には「懲戒委員会はその都度会社側より三名組合側より三名計六名の委員を選任して構成し、審査の上決裁する。」旨各規定されている。しかるに、申請人についての処分を審査するため開かれた同三七年一月九日、同年二月八日開催の懲戒委員会においては、懲戒解雇を主張する会社側委員と申請人の性格年令境遇事案の軽重情状等諸般の事情を考慮して決定すべしとする組合側委員とに意見が分かれ、その表決も懲戒解雇を是とする者三名、これを否とする者三名となり、本件解雇を多数決で承認せず、決裁していないのに、被申請人は本件解雇を行つたのであるから、本件解雇は労働協約第二二条第二号第三号に違反する。表決の結果可否同数の場合の取扱について労働協約には明定していないが、決議に関する一般原則に従つて不成立と解すべきである。仮に一歩譲るとしても、懲戒委員会における処分を労働協約に定めた趣旨、懲戒処分の法的性格に鑑みると、可否同数の処分については労使の団体交渉において決定すべきであると解するを相当とするところ、被申請人は組合からの団体交渉の申出を固く拒否しているのである。

(三)  本件解雇は労働組合法第七条第一号第三号に違反し不当労働行為を構成する。すなわち被申請人は、申請人が積極的な組合活動をした故をもつて本件解雇に出たのであり、これにより申請人を組合から排除し、組合の弱体化を企図したものである。

1 組合は、同三六年三月二八日低賃金方策に抗して一律三、〇〇〇円の賃上げ要求を掲げてストライキに入り、四五日間に及ぶ激烈な争議の結果、同年五月五日二、五〇〇円賃上げにより争議は妥決したが、申請人は右ストライキの斗争委員として活躍した。

2 組合は、上部団体である函館自動車労働組合連合会の「三人(北海小型タクシー株式会社の従業員)の首切りの即時撤回、基本給一律三、〇〇〇円引上、会社の仕事で起きた事故の全額負担、一人平均四五、〇〇〇円の年末手当の支給」等を要求する連帯スト決議に基き、同年一一月一日一時間、同年一二月一日二時間の時限ストを決行し、被申請人と同年末まで団体交渉をしたが、この際申請人は右組合活動を指導した。

3 同年一二月六日組合が分裂し、従業員五〇名が相互自動車新労働組合(以下第二組合という。)を結成したが、前記のような組合活動を極度に嫌悪していた被申請人は、第二組合に積極的に利益を与え、第一組合の切り崩しと分裂支配を行いすでに団体交渉によつて成立した協定事項の一方的破棄、団体交渉の拒否等第二組合との差別不利益取扱の挙に出た。

右のような労使間の紛議状態の最中において、被申請人は、些細な事実を捉えて申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたのであるから、その意図は申請人を第一組合から排除し、第一組合の弱体化をはかるにあつたことは明らかであるというべく、右解雇は不当労働行為を構成する。

三、本件解雇には前記のような違法があるので、解雇無効確認並びに未払給料支払請求の本案の訴を提起すべく準備中であるが、申請人は、被申請人から支給される給料のみで妻子三人とともに生活を立てているので、本案判決確定まで給料の支給が遅延されることは到底堪えられないところである。

よつて、本件解雇の翌日である同三七年二月一四日から本案判決確定までの間、被申請人の従業員たる地位を仮に定め、給料として一カ月一二、四九〇円(基本給一一、一九〇円と家族手当一、三〇〇円)の割合による金員を毎月二七日(被申請人の給料支払日)に仮に支払えとの判決を求める。

四、被申請人主張一の事実は争う。

第三、被申請人の主張

一、本件申立は申立の利益を欠く。被申請人は、第一組合の怠業斗争のため営業不振となり、同三七年六月二四日休業状態に陥入り、同年七月一二日開催の株主総会において解散決議がなされ近く清算手続に移行し全従業員は離職する結果となるので、本件申立はその利益を欠くに至つたものである。

二、申請人の主張一、の事実中、申請人が第一組合の組合員で同三六年一一月一三日以降同組合の執行委員兼組織部長であるとの点は争うがその余の事実は認める。なお同二、三の事実中、その主張のように労働協約及び就業規則の存すること、懲戒委員会において意見が一致しなかつたこと、同委員会の決議につき可否同数の場合の取扱については労働協約に明定されていないことの各事実、被申請人の給料支払日が毎月二七日であることはいずれも認めるが、その余の事実は争う。

三、本件解雇の事由及び経緯は次のとおりである。

(一)  本件解雇は、申請人が同三六年一二月二日自動車料金二二〇円を横領した事実を認めたので、労働協約第二二条、就業規則第五八条第九号によりなされたのであるが、申請人の右料金不正領得は申請人が自発的に申出たのではなく乗客からの届出により調査の結果始めて発見されたもので、これについて申請人が被申請人に謝罪した事実はない。ハイヤー業者にとつて運転者の料金不正は客の信用を著しく失墜するだけでなくこれを容易に発見することができないので、料金不正が発見された場合は、金額の如何を問わず、その者を懲戒解雇にし、情状酌量の余地のある時は依願退職を承認しているのが業界の通例である。被申請人も従前より同様の処置をとつてきたのであつて、申請人の場合も右の基準に基づき労働協約第二二条第一号就業規則第五八条を適用して解雇したのであつて、解雇権の濫用は存しない。

(二)  本件解雇は労働協約第二二条に違反しない。

申請人に対する懲戒委員会は、被申請人の再三の要請にかかわらず、第一組合は容易にこれに応ぜず、ようやく開催されるや、組合側委員は、申請人の料金不正に情状酌量の余地のないことを認めながらも、第二組合が設立されるに及んで第一組合員の減少を防がんためか、従来と異なつて、第一組合の方針として今後如何なる料金不正が行われようとも絶対に懲戒解雇を認めない態度を打出し、以後懲戒委員会を開催するも可否同数となり懲戒委員会としての決議がなされる見込のないことが明らかになつたので、申請人を懲戒解雇にしたのである。

右のように可否同数となつて委員会としての決議がなされる見込がない場合の取扱について労働協約に規定はないが、かかる場合には民法の原則に基き使用者の有する懲戒権によつて処分をなしうると解するのが相当である。よつて、本件解雇は労働協約第二二条第二号第三号に違反しない。

よつて本件申立は理由がない。

第四、疎明〈省略〉

理由

一、被申請人はその主張一の事実を主張して、本件申立は申立の利益を欠くと抗争するが、その主張事実が認められるとしても被申請人は清算の範囲内で存続するのであるから、本件申立につき申立の利益がないとはいえない。よつて被申請人の右主張は理由がない。

二、申請人が、ハイヤー業その他これに付帯する事業を営むことを目的とする被申請人に雇用され、運転手として勤務していたところ、昭和三七年二月一三日被申請人から解雇の意思表示をうけたことは、当事者間に争がない。申請人は、右解雇の意思表示が無効であると主張するので、以下順次その点について判断する。

解雇権の濫用について。成立に争いがない甲第七号証、証人八重樫正博、同田村靖克の各証言並びに申請人本人尋問の結果を総合すると、被申請人の常務取締役田村靖克は、同年一二月三日、自動車内にライターを忘れたから調べてもらいたい旨乗客から申出をうけたので、乗車時間走行径路等を乗客からききただしそれを資料として該当車を調査したところ、申請人の運転する自動車がそれに該当するらしいことがわかつたので、その車を点検したところ車内よりライターが発見されたが、客より聞いた走行径路と運転日報記載のそれとが相異するので、同日、申請人にききただした。しかるところ、申請人は乗客の申立事項には多少事実に相異する点があるので後刻返答をしたい旨答えその場で確答するのをさけ、被申請人の要求により書面で返答することを約し、同日間もなく、「同月一二日大門営業所から函館市内高竜寺前まで客を乗せメーターが料金二二〇円を指しているのに二六〇円を前記乗客から受取り、さらに同所からメーターをたおしたまま市内真砂町まで右乗客を乗せ料金として一八〇円を受領したのにかかわらず、運転日報には前記大門営業所から高竜寺前までの料金二二〇円を受領した旨記載したのみで残余の二二〇円を不正に領得した」旨の事実を記載した書面を被申請人に提出して、右不正領得の事実を認めたこと、申請人は同三四年春頃にも運転日報に不実を記載して四〇円を不正に領得したが、これは乗客から車内に荷物を忘れた旨の申出が被申請人になされ調査の結果判明したものであること、その際申請人は当時被申請人の業務部長であつた前記田村から厳重に説諭され、会社に正式に報告されずに見逃されたことがあること、及び被申請人は、従前から、料金の不正をした者に対しては、直接の上司にのみ知れ、その裁量により会社に正式に報告されないで説諭で見逃された場合を除き、和高広勝に対する出勤停止処分以外は原則として懲戒解雇又は依願退職の承認の取扱をしてきたことを一応認めうる。右認定に反する甲第一二号証の一及び二相互自動車不当労働行為事件第二回審問調書中証人岸田義輔の申請人が本件以外に料金不正をしたことがない旨の証言部分及び申請人本人尋問の結果中同趣旨の供述部分は、証人田村靖克の証言にてらして措信できず、他に右認定を左右するに足る反証はない。

ところで、成立に争いのない甲第四、五号証の各一、二によれば、申請人被申請人間の労働協約第二一条第二二条には「従業員に就業規則第五七条ないし第五八条に該当する行為のあつたときは懲戒を行う、懲戒の種類は譴責減給出勤停止待遇格下懲戒解雇の五種類とする」旨、就業規則第五八条には「従業員が同条列記の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する、但し情状酌量の余地あるときは待遇格下又は出勤停止にする」旨、同条第九号には「業務に関し不正に金品その他を受取り又は与えたとき」とそれぞれ規定され、同条各号に該当するときは原則として懲戒解雇する旨定められている。そして、申請人の前記認定の料金二二〇円の不正領得行為が右規則九号にいう業務に関し不正に金品を受取つたときに該当することは明らかである。申請人はその主張二、(一)記載のとおり主張するが、前記認定した申請人の料金不正領得行為の態様その発見にいたる経緯発見後における申請人の態度並びに申請人が以前にも同様の不正行為をして上司から注意をうけている等諸般の事情の認められる本件においては、被申請人において、申請人の前記不正行為が就業規則第五八条第九号所定の解雇事由に該当すると判断したのは違法でないと認められる。このことは、懲戒解雇が懲戒としては最も重く従業員の生活に重要な影響をもつ処分であり、かつ従来料金不正領得行為については直接の上司の裁量によつて正式に会社に報告されることなくみすごされた事案も存する事情を考慮にいれても、申請人の前記行為は、雇傭契約上の信頼関係を破壊するだけでなく、被申請人の立場からすれば右行為が一般化することによりひいて会社経営の基礎に動搖を来す事態を招くおそれありとして、これを厳重に取締ることはもつともであるから、本件の如く既に申請人の行為が明るみに出てしまつた以上他戒の意味からも申請人に対し懲戒解雇をもつてのぞむのはやむを得ないものと認められる。よつて、申請人の解雇権の濫用に関する主張は理由がない。

次に申請人は、本件解雇は労働協約第二二条第二号第三号に違反し無効であると主張するので判断する。同条第二号に「懲戒を行う事態の生じたときはその都度懲戒委員会を設けて審査する」旨、同条第三号に「懲戒委員会はその都度会社側より三名組合側より三名計六名の委員を選任して構成し審査の上決裁する」旨、就業規則第五八条前文には「従業員が左の各号の一に該当すると懲戒委員会の審査に基き会社が認めたときは懲戒解雇に処する」旨各規定されており、懲戒委員会における意見が可否同数の場合如何に処置するかについては労働協約に規定がないことは当事者間に争いがない。

ところで、甲第四号証の一、二(労働協約書)には、随所に、会社と組合とは「協議する」「協議決定する」なる文言が使用され、右協約書末尾の付属覚書には「協議する」とは会社組合双方の合意が成立しなかつたときは会社の意見による旨、「協議決定する」とは会社組合双方の合意が成立しなければ実施できないことである旨、それぞれ記載されている。しかるに、右協約第二二条は、懲戒委員会はその都度会社側より三名組合側より三名計六名の委員を選任して構成し「審査の上決裁する」旨規定するのみで、「協議決定」「協議」なる文言を使用していないことから考えると、同条にいう審査決裁とは、懲戒委員会における会社組合双方の委員が事案を審査し審査の結果に対する委員会としての統一的意見を決議することを意味すると解せられるが、同条を甲第五号証の一、二就業規則第五七条、第五八条と綜合して考察すれば、懲戒は懲戒委員会の審査に付し組合側の意見を聞いた上行うべきことを定めたもので、組合側の同意を必要とするものでないのはもちろん、懲戒委員会の審査に付し組合側の意見を聞いた以上、組合側の反対により委員会としての決議を経るに至らなかつた場合であつても、会社は、従業員の行為が就業規則第五七条、第五八条各号に定める事由に該当すると認めるときは懲戒を行うことができる趣旨を定めたものと解するのが相当である。

そして、証人八重樫正博、同田村靖克の各証言並びに申請人本人尋問の結果によれば、同三七年一月九日及び同年二月八日の二回に亘り懲戒委員会において申請人に対する懲戒処分につき審査がなされたが、会社側委員は懲戒解雇を主張し組合側委員はそれ以外の処分を主張したため委員会としての統一的意見が決議されなかつたので、被申請人は申請人の前記不正行為が就業規則第五八条第九号に該当すると認めて申請人を懲戒解雇した事実が一応認められる。右認定に反する甲第一一号証の一、二相互自動車不当労働行為事件第一回審問調書中阿部竹治の右日時に関する証言部分、甲第一二号証の一、二同事件第二回審問調書中田村靖克の右日時に関する証言部分はいずれも前掲証拠にてらして措信できない。右のとおり、被申請人は労働協約就業規則の定める手続に従つて本件解雇をしたのであるから、申請人の主張二、(二)は理由がない。

不当労働行為について。疎明によれば、申請人は相互自動車労働組合(昭和三六年一二月六日分裂して後は第一組合)の組合員として又組合分裂の前後を通じ組合の執行委員兼組織部長として申請人主張のような組合活動を行つたことを認めうるが、申請人に対する本件解雇は前記認定の経緯によりなされたのであつて、本件解雇が被申請人の不利益取扱支配介入の意図のもとになされたことを疎明する資料は存しない。よつて申請人の不当労働行為に関する主張は理由がない。

三、以上のとおりであつて、被申請人の申請人に対する解雇の意思表示が無効であることに関する申請人の主張はいずれも理由がないので、右解雇の意思表示が無効であることを前提とする申請人主張の被保全権利はこれを認めることができない。よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件申請は理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 栗山忍 大西勝也 佐藤貞二)

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